33歳でやっと正規雇用された意識低い系の私の履歴(藤森かよこ【馬鹿ブス貧乏】④) |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

33歳でやっと正規雇用された意識低い系の私の履歴(藤森かよこ【馬鹿ブス貧乏】④)

◼︎33歳でやっと正規雇用

 1960年代や70年代は大学の新設も多かった。英語教員の採用が比較的多かった。当時は、インターネットによる英語の自学自習システムもなかった。スカイプでの英会話教育もなかった。英語専門学校へのアウトソーシングなどの外部に英語授業を委託して人件費を抑えることもなかった。どこの大学でも教養課程の英語教師を必要としていたので、雇用はあった。

 大学の英語教員になるには少なくとも修士号の取得が必要だと知った。だから母校の大学の大学院文学研究科英米文学専攻(今はない)の修士課程に進学した。

 大学院では、英語教育にも文学研究にも興味はなかったので、研究の真似事をするのに難儀した。論文なるものを書くのに非常に苦労した。

 論文を書くために買いまくり集めまくった書籍の山を眺めるたびに、「これだけ投資したのだから、絶対に元を取らねばならない!」と自分を励ましながら、どうでもいい論文を書き、どうでもいい研究発表を学会で重ねた。

 博士課程で必要単位を取得した後は非常勤講師を何年か続けながら、いくつかの大学に応募した。落選続き。地元の大学の英語教員は地元の名古屋大学出身者のひとり勝ち。もしくは東京や関西の有名大学出身者が有利。そんなあたりまえのことも知らなかった私であった。

 大学院の英文学の教授は「女の子は消費のための勉強をするべきであって、就職のことなど考えないように」と言った。失せろ、死ね、馬鹿。

 しかし、ソ連のチェルノブイリで原発事故があった1986年、私は岐阜市立女子短期大学にめでたく採用された。

 私は最終面接まで残ったふたりのうちのひとりではあったが、実のところ選考委員会は私ではない筑波大学出身の候補者を選ぶことを決めていた。当然だ。ところが、面接前日にその候補者が東京の大学に採用された。で、自動的に私が岐阜市立女子短期大学に採用された。奇跡が起きた!

 このときの喜びは忘れられない。これで健康保険も年金も大丈夫だ!

 私の大学院時代の後輩の女性のひとりは37歳で自殺している。「年金のこと考えると心配で夜も眠れなくなるんです」と言っていた。私は33歳で、やっと正規雇用の職に就けた。

 とはいえ公立の女子短大なので待遇は悪かった。名古屋から岐阜まで通うのも大変であった。長くいてもしかたないと私は思った。

 2年後に名古屋市内の金城学院大学短大部に応募して、1988年に採用された。ここでの採用は、選考委員にとって、地元で1番の「名古屋大学出身者より馬鹿だから扱い易くおとなしいだろう」と値踏みされてのものだった。どんな思惑(おもわく)からであろうと採用されれば、こちらの勝ちだ。これで年収は2倍になった。

 とはいえ安心はできなかった。当時から短期大学の消滅が予想されていたので、いつまでも短期大学の教員では職を失う恐れがあった。私は、あちこちの四年制大学に応募した。落選続き。やっと、8年後の1996年に大阪の桃山学院大学に採用された。43歳だった。

 桃山学院大学は労働条件も非常によく、かつ学生とも楽しく過ごせた。上司や同僚にもややこしいのは少なかった。非常に非常に多忙だったけれども、充実した日々だった。

 しかし、年齢も50代半ばにさしかかると、ファイトが湧(わ)いてこなくなった。競争の激しい関西地域の中堅私立大学での教育サービス労働や、学内での教務関係や入試関係の仕事や、高校への出前授業などの営業活動をするのに疲れてきた。

 2008年には、すでに教師としてのやる気は消えていた。しかし、50代半ばで無職も困る。年金のこともある。

 そんな頃に、2011年度より開設の広島県の福山市立大学に移らないかというお話をいただいた。場所を変えれば、やる気のなさに火がつくかもしれないと私は思った。

 奇しくも、あの3月11日に大阪から広島県福山市に移動した。しかし、やはり無理だった。やる気もファイトも回復しなかった。健康問題も出てきた。定年退職を1年早め、2017年3月に退職し、今日にいたる。

 これが私の履歴です。

 

(第5回につづく馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください。』より再構成

KEYWORDS:

年末年始「最大」の問題作
低スペック女子(馬鹿ブス貧乏)
「ホンネ」の生き残り術第2弾‼️

藤森かよこ・著
『馬鹿ブス貧乏な私たちを待つ ろくでもない近未来を迎え撃つために書いたので読んでください。』

12月21日より全国書店・アマゾンほかにて発売‼️

 

オススメ記事

藤森 かよこ

ふじもり かよこ

1953年愛知県名古屋市生まれ。南山大学大学院文学研究科英米文学専攻博士課 程満期退学。福山市立大学名誉教授で元桃山学院大学教授。元祖リバータリアン(超個人主義的自由主義)である、アメリカの国民的作家であり思想家のアイン・ランド研究の第一人者。アイン・ランドの大ベストセラー『水源』、『利己主義という気概』を翻訳刊行した。物事や現象の本質、または人間性の本質を鋭く突き、「孤独な人間がそれでも生きていくこと」への愛にあふれた直言が人気を呼んでいる。  

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

馬鹿ブス貧乏な私たちを待つ ろくでもない近未来を迎え撃つために書いたので読んでください。
馬鹿ブス貧乏な私たちを待つ ろくでもない近未来を迎え撃つために書いたので読んでください。
  • 藤森 かよこ
  • 2020.12.19
馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください
馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください
  • 藤森 かよこ
  • 2019.11.27
水源―The Fountainhead
水源―The Fountainhead
  • アイン・ランド
  • 2004.07.08